長崎県を含む西日本一帯で、“ダイオキシン類が混入した食用油” が原因で起きた『カネミ油症事件(1968年発覚)』 発覚から54年がたった今も、ダイオキシンは被害者の体から抜けず、次世代にまで影響を及ぼしている可能性が指摘されています。 『黒い赤ちゃん』として生まれた子供たちは今どうしているのか? 2021年に国が始めた調査で、初めてその実態に光が当たろうとしています。
■ 結婚する。でも実家には教えないよ
事件が発覚した13日後に、汚染油を食べた母親から生まれました── 男性(54): 「生まれた時には真っ黒い赤ちゃん。それが問題になって大騒動になったみたいなんですけど」 “黒い赤ちゃん”として生まれた男性は、3人の子供の父親になっていました。 黒い赤ちゃんとして生まれた男性(54): 「結婚する時に、嫁さんにも(黒い赤ちゃんで産まれたことを)伝えて、『それでもいいのか?』『別に今、元気だからいいんじゃない。ただうちの実家の方には教えないよ』と」 1968年に発覚したカネミ油症事件── 当時、様々な用途で使われていた化学物質『PCB』が、食用の米ぬか油に混入して起きた“食中毒事件”です。 PCBは熱で猛毒のダイオキシン類にも変化しており、油を食べた人の全身の細胞で強い毒性を発揮。 胎盤さえも通過し、流産や死産を引き起こしたほか、メラニン細胞の異常活性によって赤ちゃんの皮膚を不気味に黒く変えました。 54年前に食べてしまったダイオキシンが、子どもや孫にも影響を及ぼしているのではないか? 被害者からの再三の訴えを受け、国・厚労省(全国油症治療研究班)は去年、初の『次世代調査』に着手。 予想を超える388人の認定患者の子や孫が“調査票”に回答し、11の府県・16か所で行われた今年の検診には、多くの次世代の姿が見られました。 一方、“調査に協力できない事情”を抱える人も 相当数に上ります。
■ 子どもから “産んで欲しくなかった”
油症認定患者: 「黒い赤ちゃんが生まれたとか言いよったでしょ。そんなことしか分からないから…」
油症次世代(孫): 「(今回の調査があるまで)全くカネミ油のことは知らなかった。ないと言えばない、あると言えばある。すべてが因果関係でこうだ、ああだ、と言ってもしょうがないところがあるので」
記者:「子供が黒い赤ちゃん?」
油症認定患者: 「はい。(子どもを)病院にも連れて行けなかったんですよ。やはり(妻が)見せたくなかったんじゃないですか。私も見たくもなかった」
記者:「黒い赤ちゃんだったって本人には?」
油症認定患者:「言っていないです」
油症認定患者: 「油症であることを隠して嫁いだんです。ずっと隠し続けました。 そしたら私が入院した時に長女が書類を見てしまって…(バレた)。 (長女には)『言ったらいけないことだ』と思ったと(言った)。(長女からは)『自分も同じ症状があるから なんでこんなの?』って尋ねられました。 『産んでほしくなかった』って娘2人に言われました。子どもたちを生まなければよかったと…私、お詫びのしようがない」
油症認定患者: 「息子が先天性の心臓病だったから…それでものすごく苦労してきました。(次世代のことは)もう私、あんまり考えたくないのよ…考えないようにしてます。怖いから」
油症認定患者(胎児性): 「自分はお腹の中に入ってた」
油症認定患者: 「胎児性なんですよ。この子は胎児性で真っ黒で生まれてきました。顔のぷりぷりむけて」 当時、黒い赤ちゃんとして報道されたという男性── 子どもの頃は身体が弱く、今も倦怠感が強いものの、運送業などで3人の子供を育て上げ、子供達にも今の所、目立った症状はないと言います。
油症次世代(子): 「私はまだ(油症次世代という)実感が全然ないので…はい」
■ “血中濃度が低ければ影響がない”と言えるのか?
次世代の身体で何が起きているのか──
治療法の研究に取り組む全国油症治療研究班は「母親のダイオキシン濃度と流産・死産には相関関係がみられる」としています。
その一方で母親のダイオキシンは“胎盤”、“赤ちゃんを覆っている胎脂”、“母乳”などに かなりの量が排出されるため『大部分は 子供の体内に移行していない』としています。
全国油症治療研究班 辻 学 班長: 「油症のお子さんは、実際には血中のダイオキシン類の濃度が低いです。 “油症の患者から生まれた”という『事実』はあると思うが、今は“線引き” が難しい状況です」
血中ダイオキシン類濃度── 『一度、体内に入ったダイオキシンは一生かけても排出されない』ことから、油症かどうか認定する基準になっています。
次世代の濃度は“一般人とほぼ変わらない”とされていますが、“濃度が低いから影響はない”と言えるのでしょうか?
■ 差別を恐れ “次世代”であることを隠す人も
高知市に住む中内 孝一さんは、母親が汚染油を食べた3年後、上唇と上あごが裂けた状態で生まれました。死産の恐れもあったという出産。 油症の被害は次世代にも及んでいると訴えています。
油症認定患者 中内 郁子さん(82): 「思うどころじゃない…油症が“重大な原因”です。(出産当時は)私も皮膚症状が出て、顔がお化けの様になっていました。全身が」
油症次世代(子・未認定) 中内 孝一さん(51): 「紙一重で命を取り留めたことが何回もありました。その度に生き残ったという感じ。(次世代調査は)何を今更と思ったんですけど、やるだけやるかということです」
認定を求めて、16年前から検診を受け続けています。
2人の弟は油症次世代であることを隠していて、今回の調査にも参加していません。
記者:(弟さんたちは特に症状はないんですか?)
油症次世代 中内孝一さん(51): 「影響はあるんですけども…すべてカットしています(公にしていません)。もうこれ以上は…。うん。自分と母だけが残って(次世代被害を訴えています)」
■ 発覚から54年…次世代を救済する道筋は示されるのか
世代を超えて受け継がれるかもしれない恐怖と差別。 多くの人が口を閉ざす中、次世代の調査は、ほぼ手付かずの状態できてしまいました。
諫早市に住む下田 恵さん(33)。母 順子さんが汚染油を食べました。 顔と名前を公表し『次世代調査の必要性』を訴えてきた一人です。
次世代(子・未認定)下田 恵さん(33): 「自分に移行してるかもしれないという“不安と恐怖”は皆さん持ってると思うんです。次世代調査には皆さんが参加してくれているので、データをちゃんと残した上で生かしていってほしい」
油症認定患者 下田 順子さん(61): 「次世代は次世代で救って欲しい。見てきてますので。自分の子どもも、他の被害者の子どもも…」
全国油症治療研究班 辻 学 班長: 「(次世代に)何かしらの健康被害はあるのではないかという予想を立てていて、それをはっきりさせていくのが第一段階。(油症患者は)お子さんのことをすごく心配されている。そういう所はすごく大切だなと日々思いますので」
被害者と認められない中で、“油症への差別と恐怖”は背負わなければならない次世代。 研究班は来年6月、『次世代の調査結果』を公表する方針で、救済する道筋が示されるか注目されます。