迫る処理期限、その後見えず
カネミ油症で健康被害をもたらした原因物質PCB(ポリ塩化ビフェニール)。加熱により猛毒のダイオキシンを生成し、体内に取り込まれると排出は難しい有害物質だが、その回収・処理は遅れている。
「ここに埋められているPCBに、家族が苦しめられた」
瀬戸内海に面した兵庫県高砂市の工業地帯。PCBに汚染された海底のヘドロを固めた高台のそばで認定患者の男性(54)(大阪府)は、つぶやいた。
1972年。高砂西港沖の海底から高濃度のPCBが検出された。PCBを製造していた鐘淵化学工業(現カネカ)高砂工業所などの排水が流れ込み、同社などが汚染ヘドロ約30万立方メートルを除去。76年までに広さ5ヘクタール、高さ5メートルにわたり盛り固め、アスファルトで覆った。
曽我部さんは、カネミ倉庫がある北九州市小倉北区で暮らしていた4歳の頃、PCBが混入した同社の米ぬか油を口にした。体中に吹き出物ができ、1歳の妹の爪は真っ黒になった。「大きな地震で崩れてPCBが漏れ出さないだろうか。カネミ油症は昔の話ではない」。曽我部さんは語った。
PCBの製造は、国内では54年に始まった。高度経済成長期に「夢の化学物質」として食品・化学工場などで使われ、蛍光灯やテレビにも用いられた。
だが、カネミ油症で強毒性が明らかになり、国は72年に回収を指示。処理施設を検討したが、環境汚染を心配した自治体が立地を拒否した。PCBを含有した機器は事実上、放置された。
事態が動いたのは約30年後。2001年の「ストックホルム条約」で世界的に排出規制が強化された。無害化の技術も開発され、国が出資して設立された中間貯蔵・環境安全事業(JESCO)が04年の北九州市を手始めに、北海道、東京、愛知、大阪の全国5か所で処理を始めた。
「処理は極めて順調です」
今月13日、北九州市若松区の処理施設。市民向けの見学会で、JESCO北九州事業所の安井仁司所長は強調した。
九州・沖縄、中国・四国地方の事業所などから高濃度のPCBが持ち込まれている。国の計画に基づく変圧器と蓄電器の処理期限は来年3月で、99%(9月末)の無害化処理を終えた。
ただ、PCBを全て回収できたのかは疑問も残る。普及したのは半世紀前で、既に廃業した事業者も多い。実際、九州・沖縄、中四国の自治体調査で、使われていない工場やホテルから、蓄電器など約1650台が新たに見つかった。運搬や処理費が必要なため保管を隠している事業者がいるとの指摘もある。
「処理期限後に見つかったらどうするのか」。東京都内で今月17日にあった環境省の有識者会議で、委員から質問が飛んだ。担当者は「そうならないよう、把握し切れていないPCBの掘り起こしに力を入れたい」と答えた。
カネミ油症の被害者団体は12月1日、高砂市で油症被害やPCB処理について考える集会を開く。カネミ油症関東連絡会の認定患者の男性(56)(千葉県)は訴える。「社会全体でPCBに関心を持つことが大事だ。次世代に負の遺産を残してはならない」(この連載は佐藤陽、手嶋由梨、小山田昌人が担当しました)
PCB 人工的につくられた主に油状の化学物質。不燃性で電気を通しにくく、変圧器や蓄電器の絶縁油、塗料などに幅広く使われた。カネミ油症では、米ぬか油の脱臭工程で熱媒体として使われ、加熱でダイオキシン類(PCDF=ポリ塩化ジベンゾフラン)が生成することが確認された。体内では脂肪に蓄積し、排出を促す有効な治療法はないという。